躁うつ病と和解しました。

躁うつ病(双極性障害)で15年以上苦しんでましたが、和解しました。

春は鬼門

春はこわい。

躁うつ病と共に生きてきた中で、

毎年3月末に大躁転からどん底のうつに転げ落ちる経験を繰り返し、

すっかり春がこわくなってしまった。

 

でも、その「大躁転からの大うつ転落」が起こらなくなって

今回3回目の春を迎えることができた。

精神科系の薬を一切飲まなくなってからも、3年以上経つ。

 

それでもまだ、5月のこの時期はこわいと感じる。

躁うつの状態が悪くなることは、それほどの恐怖だったから。

3月の終わりから4月は大好きな桜の季節。

夢みたいに美しい桜色が嬉しくなって見に行くんだけど、

はらりはらりと桜が散るのを見ると、

「ああもう桜は散ってしまうし、いますぐ消えたい」

と本気で思っていた。

情緒不安定にもほどがあるけれど、躁うつのひどい時って本当にこうだから困る。

 

毎朝目覚めた時には、「また朝を迎えてしまった…」と絶望する毎日。

そこに愛する人がいる事実とかは関係なく、そういう感情が湧き上がる。

 

思い出すとつらいです。

で、なんで思い出すとつらいのにブログを始めてみようかと思ったかというと、

この鬼門の春のタイミングで不安要素がいくつか重なり、

ちょっと不安になったから。

気持ちがいそがしくて、かなり情緒が不安定。

こうして人は5月病と言われる状態になるんだな、わかってるわかってる。

 

いい歳なので、周りの人の話を聞いて励ましたり慰めたりしてるけど、

本当は自分自身がなんか不安で、落ちつかないんだからどうしようもない。

正直、躁うつ病であることや壮絶な闘病生活を経ての今があることも隠しているのが、

しんどくなってきちゃった。

 

いまのわたしは、躁うつ病を『悪い奴』だなんて思ってない。

躁うつの状態が悪くならなくなってすこし時間が経って、

自分が躁うつ病でずっと死にたい願望につきまとわれてたことも忘れて、

自分が躁うつ病だということすらほぼ忘れかけていたけれど。

なんだかこのまま無き者のようにするのは悲しくなってきた。

 

15年以上試行錯誤しながら、やっと手に入れることができた躁うつ病との和解。

いろんな人に迷惑かけちゃった、ごめんなさい。

いろんな人に助けてもらいました、ありがとう。

そういういろんな積み重ねがあっての和解なので、

躁うつ病はやっぱりわたしにとって大きい存在。

 

外では言えないことを、ここに書けたらいいな。